ローズ家の台所

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2015年 01月 20日

Ojai


小旅行の宿泊先はOjai。ゴルフリゾートでもあるこのホテルはとっても広々としていて気持ちが良いです。
敷地はどこまでも広く、大きなプールが3つもあるのにどこも驚くほど手入れが行き届いています。
年末で混んでいるはずなのに広いせいか全く気になりません。
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昔からここのスパは有名でしたが、今アメリカのリゾートではスパよりもどれだけジムやフィットネスクラスが充実しているかが問われるのだそう。
ここもフィットネススタジオが拡張されていました。そのかわりスパの施設は以前(十何年前)とあまり変わってなく、ちょっと老朽化、しかも狭い。
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最新設備が揃ったジム。朝から夕方までスケジュールがある無料のフィットネスクラスはいつも満杯でした。
私は2日間朝からストレッチやヨガのクラスに行きました。
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レストランも施設内に3つ。メインのレストランはなかなか美味しかったです。
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2日目はグリルに。
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パドロンペッパーとメニューには書いてありましたが、どう見ても食べてもこれはシシトウ。
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最近どこのレストランでもよく見かけるようになったフライド芽キャベツ。娘の好物。
Ojaiは別に何もすることがない場所なので、散歩をしたり、サイクリングしたり、のんびり出来ました。

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今日もご訪問ありがとうございます。電気自動車の充電ステーションにはテスラがズラーッと4台。地元カリフォルニアなのでテスラは良くみかけますが4台並んでいるのは初めてでした。思わず撮ってしまいました。

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by flouribunda | 2015-01-20 00:10 | ローズ家のカリフォルニア | Trackback | Comments(0)
2013年 04月 05日

日本滞在 十三参り

3月末のパンサーの春休みに6泊7日で行った日本でした。

まずは十三参りです。京都では七五三とともによくお祝いをする十三参り。本来なら京都嵯峨の虚空蔵さんにお参りし、しかも数え年の13才、辰年の去年の春すべきところでしたが、今回は全て簡略化したお祝いでした。(ちなみに私はやはり中学に上がる年の春に1年遅れで虚空蔵さんにお参りに行きました。小学校卒業時に節目としてお祝いされる方も多いと聞きます。)とにかくパンサーに着物を着せてお祝いをする(=写真を撮る)のが目的なので、その日が一生の良き思い出になるよう、疲れて機嫌悪くなったら元も子もないので、アメリカ育ちのヤンキー娘の許容範囲を充分に考慮に入れながらなるべく省略出来るところは省略した(というか、ほとんど省略)十三参りでした。全く信心深くない科学者の娘ならではの十三参りと言えば聞こえはいいものの、はっきり言って京都の人にはただの”コスプレ”かもしれません、、、、。とにかく計画段階から母に電話して打ち合わせをしてはあまりの簡素化に顎をはずされていましたが、おかげさまでヤンキー娘のパンサーにとっては最高の十三参りをすることが出来ました。

e0178312_15252241.jpg京都の祇園の舞妓さんが行く髪結いさんで髪を結ってもらい、知り合いの島原の太夫さんにお化粧をしてもらいました。右は髪結いのお師匠さん。
「朝、来はった時と全く別人に、綺麗にならはったでしょ。」
すみませ〜ん。真っ黒に日焼けしたカリフォルニア娘でしたからね、、、。


e0178312_15295476.jpgヤンキー娘から大和撫子へ約2時間弱で変身。女の子を産んでおいて良かったとつくづく思った瞬間。


e0178312_15325886.jpg時間がないのでとにかく写真を撮りに平安神宮へ。いきなりディズニーランドのキャラクターのように観光客に囲まれてしまいました。
外人さん達が英語でわかってもらえるかな?という感じで「Picture?With you?」とか聞いて下さるのに対し、いきなりネイティブな発音で「Oh, Sure!!」と興ざめな返事をする俄京娘。


e0178312_15403992.jpg最初はまず車に乗るのに大変で、車から降りたら歩きにくい。でも平安神宮一周した頃にはすっかりスタスタ歩いてました。私も対抗してて着物です。でも観光客は嘘つきません。誰にも写真を撮られませんでした。


e0178312_1545410.jpgそしてすぐお食事へ、、、。ええっ?もう?の展開。


e0178312_1548688.jpgお花代の高いプレミア舞妓。


e0178312_1552331.jpgお食事後の撮影会。写真は着付けから密着取材で友人のカメラマンに依頼しました。


e0178312_1554182.jpgお食事が終わって髪結いから約5時間後に美容室にもどってほどいてもらいました。ヤンキー娘の限界。舞妓さんは1週間もたせるというのに、、、、。


e0178312_15574768.jpg今日もご訪問ありがとうございました。まだ3分咲きぐらいの京都の桜でしたが、お料理屋さんのお座敷から見えた桜は満開でした。お天気も崩れることなく、分刻みのスケジュールも予定通りこなすことが出来ました。この日は時差ぼけで夜の7時には夢の中でした。

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by flouribunda | 2013-04-05 16:15 | Trackback | Comments(4)
2012年 07月 15日

中東旅行のこまごま

e0178312_13294653.jpg行きはフランクフルトで約5時間の乗り継ぎ。マックカフェで時間つぶし。でもちゃんとしたドイツのミルヒカフェで美味しかったです。

e0178312_1451271.jpgアラブ料理のレストランではコーヒーというと甘いお砂糖があらかじめ入ったトルココーヒー。これもなかなか美味しいものです。

e0178312_1333196.jpgヨルダンにて。毎晩やっていたベリーダンス。なんだかあまり上手じゃなかった。

e0178312_13343181.jpg金曜日にやっていた結婚式の披露宴。開放的なご家族の結婚式なのでしょう、花嫁さんもご家族の女性達も皆普通の露出度、というかとっても素敵な装いでした。花嫁さんは素晴らしい美人でスタイル抜群。思わず見とれてしまいました。そして披露宴の始まる前から会場まで、披露宴がはじまっても、ずっと踊りっぱなし。最初道で大音響で皆踊っているので、てっきり披露宴が終わったのだろうと思っていたら、これからでした。体力勝負の披露宴。やはり自然が厳しい国の人のパワーはすごいです。お昼間に休んでいるのでしょうか。

e0178312_13473014.jpg犬の数よりラクダを見かけるほうが多かったかも?ラクダは表情が可愛いですね。

e0178312_13494531.jpgたまたまちょうど結婚記念日だった王様の車とすれ違いました。ヨルダン国外では写真等もよく見かける美しいラーニア王妃ですが、国内では王と王太子の写真は至る所で見かけるものの、王妃の写真はほとんど見かけませんでした。でもヨルダンの人と話すと王妃の評判はやはりすこぶる良い様です。

e0178312_1444214.jpgイスラエルではホテルでも家でも部屋の扉や玄関にあるマーク。過越しの祭(Passover)の名前の由来ともなった、聖書の出エジプト記で記されている、このマークがあるユダヤ人の家には死の天使が訪れる事はなかった(過ぎ越した)という言い伝えから今も飾られているそうです。

e0178312_14184279.jpge0178312_1418850.jpg中東ではいたるところで猫を見かけました。顔が小さくてスタイルのいい猫ちゃんばかり。

e0178312_14272155.jpgパレスチナ自治区を隔てる壁はベツレヘムなどのWest Bankだけでなく、テルアビブから北上したカイザリア、アッコーに行く高速道路の脇など、至る所にありました。近代的なイスラエルを旅行していると忘れがちになるのですが、まだまだ緊張は続いています。

e0178312_14464286.jpgお土産。やっぱりオリーブ製品、死海グッズが中心。


e0178312_14524333.jpg今日もご訪問ありがとうございます。
「ダビデ王、ダビデ王ってイスラエルの歴史や観光では嫌と言うほど出て来るけれど、この人と同一人物だってこと貴女分かっている?」
「ええ〜っ!!」
そうだと思ったよ。
(これはフィレンツェのシニョーリア広場のダビデ像レプリカです。)
今イタリアに行くともっと良く分かって面白いだろうと思います。




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by flouribunda | 2012-07-15 13:28 | ローズ家IN MID EAST '12 | Trackback | Comments(2)
2012年 07月 11日

アスペンへの移動

まだ中東旅行の続きはあるのですが、アスペンの写真もたまる一方なので、先にアップ。パンサーもヨーロッパ旅行からいつのまにか帰って来ていて、時差ぼけもとうの昔に治って元気にしています〜。

では記録の今年のアスペンへの移動の様子。

e0178312_7503725.jpgパンサーは旅行中で、主人と私と犬とで移動。一人乗らないと荷物が沢山載ります。12時少し前に出発。


e0178312_7533478.jpg途中Barstowでガソリンを入れ、ラスベガスでスタバに寄るまで私が運転。ラスベガスからは主人が運転。


e0178312_1220559.jpgカリフォルニア、ネバダはどちらかといえば平坦な砂漠の景色ですが、ユタ州に入ると途端にダイナミックな風景が広がります。


e0178312_12223335.jpg今年はユタ州シーダーシティという街に泊まりました。去年泊まったセントジョージと60マイルぐらいしか離れていませんが、標高が高く少し涼しかったです。セントジョージが午後6時過ぎで40度近かったところ、シーダーシティは午後7時で35度ぐらいでした。これは翌朝暑くならないうちにホテルの周りで犬の散歩をしていて通った新興住宅地。3ベッドルーム、見た目立派な新築の庭付き豪邸が日本円で約1千万!!土地代が安いのはわかりますが、建物ってそんなに安く建つのだ。とちょっとビックリ。


e0178312_12333961.jpg暑くならないうちに朝8時に出発。ホテルは朝食付きですが、目を覚ますためにスタバでコーヒーを調達して出発。最近は田舎でもスタバがあるので助かります。ユタ州は景色がどんどん変わってドライブは快適です。途中Green Riverで給油し、コロラド州グランジャンクションまで私が運転。


e0178312_12371067.jpg犬のトイレ休憩。コロラドは犬にとっては天国じゃないかしら?至る所に緑の公園。冬は厳しいので夏だけでしょうが。どこまでも続く緑の絨毯に犬も興奮していました。犬の為の休憩は1日1回ですむようになったので去年のドライブよりとっても楽になりました。


e0178312_12491572.jpge0178312_12495360.jpgそして私達も休憩。コロラド名物Enstromの本社はGrand Junctionにあります。ここでお土産にする名物トフィーを調達して、ついでに昼食代わりのアイスクリーム。ここで主人に運転交替。


アスペンに着いたのは午後3時半でした。正味2日間で14時間のドライブでした。約900マイル、1450キロメートル。

今日もご訪問ありがとうございます。
「なんだか今回は随分楽に来れたような気がするんだけれど、、、」
さあ〜?なぜでしょうね〜?うるさいのが一人いなかったからね。


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by flouribunda | 2012-07-11 13:09 | ローズ家IN ASPEN | Trackback | Comments(0)
2012年 07月 05日

イスラエル3日目後半 マハネーイェフダー市場

時間的には短かったのですが、とにかく写真を一杯撮ったので別エントリーです。

e0178312_4103386.jpge0178312_411866.jpg旬のお野菜しかないので種類は限られているようですが、とにかく新鮮で美味しそうなお野菜、果物が一杯。

e0178312_4121656.jpge0178312_4225929.jpgナッツやはさすがの品揃え
e0178312_4124498.jpge0178312_424116.jpgオリーブやドライフルーツも各種揃ってます。本当、カリフォルニアみたい。
e0178312_4132789.jpge0178312_4135494.jpgスパイスも色々。このミックスしたものは何なんだろう?
e0178312_4151643.jpge0178312_4145414.jpg焼きたてのパンが美味しそうでした。

e0178312_4155320.jpge0178312_4161937.jpgベーグルは1種類でそれほど頻繁に見かけるものではありません。あれはやはりアメリカのもの?パンは文句なく美味しそう。

e0178312_425579.jpge0178312_4284068.jpgナッツの粉を固めたようなお菓子や乳製品。乳製品はフェタチーズのような塩漬けが多そうでした。でも種類は豊富。

もちろんお肉、お魚もあるのですがコーシャーフードだからか、なぜか美味しくなさそう。なので自然と写真がない、、、という。


e0178312_4333547.jpge0178312_4294884.jpgそして翌朝5時の飛行機でテルアビブ空港を発ちました。新しい空港はとても近代的で綺麗です。早朝発の便が多いためか夜中の2−3時なのに大にぎわいでした。

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by flouribunda | 2012-07-05 15:38 | ローズ家IN MID EAST '12 | Trackback | Comments(2)
2012年 07月 04日

イスラエル 3日目前半 ベツレヘム 死海の書

e0178312_94732.jpge0178312_943944.jpgベツレヘムに行く前に最初の日に見れなかったシオンの丘(Mt.Zion)に行きました。まずダビデ王の墓。こちらはユダヤ教の巡礼地です。お祈りの部屋は男女別。嘆きの壁は右側が女性だったので左右は関係ないのですね。エルサレム旧市街地がヨルダンに占領されていた時、嘆きの壁に行く事がかなわなかったユダヤ教信者はここにかわりに巡礼に訪れていたのだとか。


e0178312_9152832.jpgダビデ王の墓のある建物の2階は最後の晩餐の部屋とされる場所。現在の建物は十字軍が建てたものだそうです。15世紀のオスマン朝にはイスラム寺院として使われていて壁にはその名残のアラビア文字があります。


e0178312_9202876.jpgそしてすぐ近くにはマリア永眠教会。1910年に建てられたエルサレム最大の教会。


e0178312_9223782.jpgMt.Zionは旧市街のシオン門の外にあります。ユダヤ人地区にも近いこの門では1967年の6日間戦争当時、ヨルダン軍とイスラエル軍の銃撃戦があった跡が今も残っています。


e0178312_9241274.jpge0178312_925762.jpgそして、イエス誕生の地ベツレヘムへ。車で約20分も走ると物々しい壁が見えてきます。ベツレヘムは死海西岸(ウェストバンク)パレスチナ自治区にあります。イスラエル側から見た壁とパレスチナ自治区側から見た壁。パレスチナ自治区にはパスポートを所持してチェックポイントを通らなければなりません。この先はイスラエル人のガイドさんはガイド、運転が出来ず、アラブ人のガイドさん、運転手さんに交替します。まるでベルリンの壁の様です。イスラエルが建てた壁なので、パレスチナ側は落書きばかり。


e0178312_9273492.jpge0178312_916143.jpgイエスが生まれたとされる聖地。聖誕教会。教会前のメンジャー広場は良くテレビにも登場しますね。ダビデ王出身の街でもあり、旧約聖書にはこの地から救世主が出現すると信じられていたそうです。

ちなみに白いポロシャツはアラブ人のガイドさん。なんとドイツ語、フランス語、ヘブライ語、アラブ語、英語で通訳可能だそうです。一番得意はドイツ語だとか。でも英語も完璧。彼はクリスチャン。アラブ人はすべてモスリムとは限らないそうです。やはり教会はその宗教を信じている人に案内してもらうのが一番だと感じました。イスラエルの様に3つの宗教が入り組んでいて、ユダヤ人、アラブ人が独自の主張をしてある意味敵対関係にある場合、一人のガイドさんでは見解が偏ってしまう傾向があります。今回は双方の主張が聞けて、とても勉強になりました。

e0178312_3573229.jpg教会にはとても小さなドアから入ります。結構中は大きな教会なのに、火事があったら?とか不安になりますが、中に入るとさすがに出口は沢山あることが分かります。この教会は熱心なキリスト教信者であったローマのコンスタンティヌス大帝の母ヘレナがイスラエルに聖地巡礼に来て、イエス生誕の地をここの地下洞窟と定め、教会を建てました。エルサレムの聖墳墓教会も同じです。
e0178312_1432766.jpge0178312_319063.jpg中は洞窟に入るための長蛇の列。325年に最初の教会が建った頃のモザイクが残っています。教会は後に改築されています。
e0178312_1433790.jpge0178312_317514.jpgこちらもビザンチン時代のモザイク

e0178312_258818.jpg私達は個人ガイドさんだったので、3人だけだから、という訳の分からない理由でガイドさんのコネで堂々横入り。なんだか申し訳ないのですが、ここで2−3時間も列に並ぶ訳にはいかず、、、。洞窟に降りる階段。狭いのでここを通るだけで20分ぐらいかかりました。階段を降りて右がイエスが生まれた場所。左が飼い葉桶がおいてあった場所。
e0178312_3111268.jpge0178312_393742.jpgイエスが生まれた場所には当方の3人の博士が星に導かれたので星がかたどってあります。飼い葉桶で寝かされた場所には以前来た時に本当に飼い葉桶がおいてあって、プラスティックの赤ちゃん人形があった時はびっくりしたものですが、今はなくなっていました。熱心な信者の方は星に口づけしたり、飼い葉桶の場所にひれ伏したり、神聖な場所。写真なんか撮ってる場合じゃなかったかもしれません。

e0178312_320586.jpg前回訪れた時、彼女はお腹の中にいたはずなのに。

e0178312_356492.jpge0178312_3562586.jpg聖誕教会の北には聖カテリーナ教会があり、12月24日に全世界にテレビ中継されるクリスマスイブのミサはこの教会で行われるのだとか。ガイドさんが強調していたのですが、私は見たことがありませんでした。教会の前のヒエロニムスの像。この教会の洞窟にこもって、ヘブライ語の聖書をラテン語に翻訳したそうです。


e0178312_3582352.jpgベツレヘムから再度検問を通り無事にイスラエル人のガイドさんに交替して次はイスラエル博物館へ。最近改装され、とてもモダンで綺麗な博物館です。

e0178312_3585143.jpge0178312_3593378.jpgメイン展示の死海写本館。死海西北のクムランで1947年に迷子になった羊を探していたベドウィンの少年が偶然に見つけた、紀元前3−2世紀に筆写された世界最古のヘブライ語聖典です。写本が入っていた壷のふたの形をデザインした建物。第2神殿時代の2000年前のエルサレムの模型。現在の嘆きの壁はこの神殿の西の壁が残っているものです。


今日もご訪問ありがとうございます。まだまだ続きます。


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by flouribunda | 2012-07-04 12:17 | ローズ家IN MID EAST '12 | Trackback | Comments(2)
2012年 07月 03日

イスラエル2日目 カイザリア アッコー

見所満載のエルサレムをもっと見学することも考えたのですが、エルサレムはある種観光地で特別な場所なので、イスラエルという国を知るには郊外にも足を伸ばした方が良いと車で地中海に面するカイザリア、アッコーに行きました。

エルサレムからはテルアビブにつながる高速道路を通り、今は政治、文化、経済の中心であるテルアビブの混雑を避けて迂回路で北上しました。テルアビブは通勤圏を含んだ人口はエルサレムをしのぐそうです。迂回路からでも近代的なビルが建ち並ぶ大都市が見えました。歴史あるエルサレムから車で整備された綺麗な高速道路の上を走っているとまるでタイムトラベラー。新しい国だけあって、商業地、農地、住宅地などの区画管理が整然としていてとても効率的な印象を受けます。地理的にアラブ諸国に囲まれ、孤立する危機感をいつも感じているため水問題、エネルギー政策、食料自給率等とても気を使っている様です。今では農業は重要な産業で、その近代的な技術も立派な輸出品なのだそうです。

2時間ぐらい快適なドライブの後、地中海の玄関口として軍事的にも重要な港であったカイザリアに着きます。かってはエジプトのアレクサンドリアよりも大きかったとか。ヘロデ王が作ったローマ時代の遺跡、その後13世紀に建てられた十字軍の城壁など良く残っています。新しく情報センターも出来ていてそこで上映されていた映画がとても上手く説明してくれました。

e0178312_7531635.jpge0178312_7533951.jpge0178312_754299.jpge0178312_7554124.jpgローマ劇場、競技場跡、ヘロデ王のプール付き宮殿跡、導水橋。どこまでも青い海が望めるとても気持ちのよいところです。


カイザリアを後にしてまた1時間ほど北上します。途中テルアビブ、エルサレムに次ぐ第3の都市のハイファを通りました。ハイファは港町として発展し、現在は学問の街、ハイテク産業の街としてその名を知られるようになったそうです。


e0178312_8521697.jpgそしてそのハイファの港の向かいに位置するアッコー、紀元前16世紀には港湾都市として機能していたという古い街ですが、十字軍、マムルーク朝、オスマン朝などに繰り返し支配されてきた歴史ある街です。写真はアッコーから撮ったハイファの街。


e0178312_8242975.jpge0178312_817361.jpg地下に広がる12世紀頃の十字軍の街。オスマン朝の頃は要塞として使われていたそうです。


e0178312_8275093.jpge0178312_8315968.jpg十字軍の上にオスマン朝が、さらに英国が建物を増築し、刑務所として使われていました。英国統治下における反乱運動の舞台となります。それが引き金となり、1948年のイスラエル建国宣言へとつながりました。


e0178312_838153.jpg18世紀に建てられた隊商宿、馬を連れて泊まれる宿だそうです。柱はカイザリアなどの遺跡からとってこられたとか。


e0178312_8444032.jpgバザール。なぜお休み?シエスタだから、とも聞きましたが、観光客は相手にしないのでしょうか。アッコーの旧市街はアラブ人の街で、アラブの伝統が色濃く残っています。


e0178312_8471863.jpg十字軍のトンネル。十字軍の街もとっても堅固なものですが、さらにこんなトンネルまで作っていたなんて。


e0178312_8492737.jpgかつてはオスマン朝の城壁。今は若者の格好の遊び場所。アラブの街だけあって、外にいるのは男の子ばかり。

今日もご訪問ありがとうございます。パンサーは元気に無事戻ってきました〜。

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by flouribunda | 2012-07-03 10:01 | ローズ家IN MID EAST '12 | Trackback | Comments(0)
2012年 07月 02日

イスラエル1日目 エルサレム旧市街 後半

イスラエルに行ったのはいつのこと?ですが、まだまだ記録は続きます。早く書かないと忘れてしまいます。

e0178312_15464369.jpge0178312_15513223.jpgユダヤ人地区を離れた後はイスラム地区に入ります。途端にアラブの商店街。土産物屋も沢山ですが、地元の人が利用するようなお店も沢山ありました。


e0178312_1557556.jpg後半のハイライト、キリスト最後の足跡をたどるVia Dolorosa(悲しみの道)はイスラム地区から始まります。


e0178312_1614326.jpge0178312_1622788.jpg第1留はイエスが死刑判決を受けたローマ総督ピラトの官邸があったとされる、現在はアラブ人小学校。
第2留はイエスが十字架を背負わされ、いばらの冠をかぶせられた場所。ステンドグラスにはその様子が表されています。


e0178312_1662249.jpg第3留はイエスが十字架の重みに耐えかね、最初につまずいた場所。


e0178312_1675748.jpge0178312_1682143.jpg第4留は母マリアがイエスを見たとされる場所。あれ?前回2000年に来た時と場所が違う?と思ったら、移動していたようです。
以前の場所は取り払われた跡がありました。ん〜、そういうものなのか。


第5留、クレネ人のシモンがイエスに代わり、十字架を背負わされた場所。
第6留、ベロニカがイエスの顔を絹のハンカチで拭ったとされる場所。
第7留、イエスが2度目に倒れたところ、イエスの罪状書きが貼付けられたところ。
第8留、イエスが「私のために泣くな、自分たち、また自分の子供たちのために泣くがよい」と語ったとされる場所。
第9留 イエスが3度目に倒れた場所。

と続きます。毎週金曜日にはフランシスコ派の修道士がこの道に沿って十字架を担ぎながら行進するそうです。


e0178312_1621378.jpgそしてイエスが磔刑に処せられたゴルゴタの丘に建つとされている聖墳墓教会。もともとは熱心なキリスト教徒であったローマ皇帝コンスタンティヌスの母ヘレナによって336年に建てられました。その後、幾度も戦火をくぐり抜け、その度に再建されてきたそうです。今の建物は1808年に火事で大破し再建されたもの。1099年十字軍時代に増改築された建物をベースにしているそうです。
第10留から第14留はこの教会の内部にあります。
第10留はイエスが衣を脱がされた場所。


e0178312_5321335.jpg第11留は十字架に打ち付けられた場所。

e0178312_5345086.jpge0178312_5404444.jpgそして第12留磔にされたイエスのアイコンがある祭壇。祭壇の下の岩に十字架が立てられたそうです。
第13留聖母マリアがイエスの亡骸を受け取ったとされる場所は12留の右隣、聖母マリアの小祭壇。

e0178312_5493212.jpge0178312_5515610.jpgイエスが息を引き取った後、埋葬される前に香油を塗られた場所。そして最後の第14留イエスの墓石を囲む聖堂になっています。こちらはやはりものすごい巡礼者の数で残念ながら中に入る事は不可能でした。

e0178312_5544249.jpgちょうど磔になった場所の下は
人類最初の人間アダムの頭蓋骨があったともされ、小聖堂が作られています。岩の裂け目はイエスが磔刑になった際、地震で岩が割れたとか。ゴルゴタとは頭蓋骨という意味で、丘の地形が似ている、またアダムが埋葬されていたから、とも伝えられています。イエスの磔刑が描かれた絵画で良く岩の上に頭蓋骨が描かれているのはそういった意味がこめられているのだとか。

今日もご訪問ありがとうございます。本当に見所が沢山のエルサレム旧市街です。
今日はもうすぐパンサーがヨーロッパツアーより戻ります。記事がたまる一方、、、、。

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by flouribunda | 2012-07-02 06:16 | ローズ家IN MID EAST '12 | Trackback | Comments(2)
2012年 06月 24日

オーケストラヨーロッパツアー

e0178312_157982.jpg23日土曜日、パンサーは地元青少年オーケストラのヨーロッパツアーに出発しました。総勢約120人のツアーです。金曜日の夕方には集合場所の学校の体育館で引率の先生の荷物点検がありました。生徒7.8人のグループに一人引率の先生がいます。パンサーはオーケストラの音楽監督の奥様が引率のグループ。最年少なので自動的に先生と同じ部屋(4人部屋)だとか。文句たらたらでしたが、とっても素敵な(すごい美人!!)先生なのであきらめたようです。
スーツケースは下着の枚数まで決められたパッキングリストにそって用意しました。前日の金曜日にスーツケースの重量を計り、引率の先生が荷物点検をして、手荷物、バイオリン、あらかじめユーロに両替したお金、パスポート全てを預けました。当日は手ぶらで集合。
写真は当日預けてあった荷物を受け取った所です。


e0178312_1517614.jpg隣は一番仲良しのNちゃん。この二人だけが6年生、あとは7−9年生の上級生です。


e0178312_15191829.jpg「まだいたの?」とにかくもう嬉しくって、楽しくってしょうがないらしいです。空港までのバス待ちの時間。オーケストラは8−9割アジア人。なんだかアメリカから来た風に見えません。


e0178312_15273786.jpgあのねえ、車に乗るときぐらいこっちを見たらどうなのよ!!
ちなみにNちゃんのご両親は保護者ツアーに参加するために先に空港に向かわれました。Nちゃんが「一緒に来て」と言ったので参加を決められたとおっしゃってたお母様。パンサーなんてツアーが決まったとき開口一番「まさか一緒に来ないでしょうね」。


e0178312_1561453.jpg左のバスは荷物専用。バス2台に分乗して午後1時に旅立って行きました。飛行機は5時55分発。さすが100人以上のツアーだと用意周到。頼まれても一緒に行きたくないです。付き添いの先生方、本当にご苦労様です。

今日もご訪問ありがとうございます。荷物も全て自分で荷造りして、私はノータッチ。金曜日にパッキングリストを読んでと言われ、私が読んでパンサーが自分でチェックしました。「よしよし、完璧」と思っていたら、、、、。
時間通りに集合場所に家族3人で着いて車から歩き出したパンサーの足元。なんとゴム草履!!(とはいえ、スパンコール付きの今一番お気に入りの勝負草履。もちろんしっかりペディキュア付き)。
「あなた、何それ!!」思わず声を荒げたのは言うまでもありません。最初は「いーの、あぶなくないから、暑いもん。」、「駄目だよ今取りに言ってあげるから」と主人が言っても聞く耳持たず、、、。でもさすがに周りを見渡しても、誰一人ゴム草履はいません。自分で悟ったようで、荷物の中にあった運動靴をとりだしました。人の振り見て我が振り直せ、もう親の言う事なんか聞きません。まあ、今に始まった事じゃないですね。



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by flouribunda | 2012-06-24 15:03 | | Trackback | Comments(6)
2012年 06月 23日

イスラエル1日目 エルサレム旧市街 前半

ヨルダンからイスラエルは空路で約45分でテルアビブに夕方到着しました。飛行機を出るといきなり入国審査官というよりも警察官(拳銃持ってました)がパスポートチェックしています。でも日本のパスポートはほとんどノーチェックでした。さすがに緊張してしまいます。その先の入国審査はそれほど物々しくなく、これも日本のパスポートのおかげかにこやかに通過。こういう時は敵を作らない日本人で良かったなとつくづく思います。

それからまた車で東のエルサレムまで1時間。もう夜だったので簡単に食事をしてすぐ就寝。次の日に備えました。

e0178312_564238.jpg1日目はやはり最大の目玉、エルサレムの市内観光。まずは旧市街の外側から攻めます。旧市街の東側から。その東にはヨルダン渓谷、死海が望める丘に建つヘブライ大学キャンパス。1921年創立ではじめての講義はアインシュタインだったそうです。けれど第1次中東戦争の際、ヨルダンの占領地となり閉鎖を余儀なくされ、67年の6日間戦争後に再開したのだとか。今でも大学のキャンパスらしからぬ厳重な警備がしかれています。

e0178312_5174534.jpge0178312_5125574.jpg旧市街のすぐ東側にある丘はオリーブ山と呼ばれ、クリスチャン、またユダヤ教徒にとっても神聖な場所です。手前にあるお墓はユダヤ人のお墓。旧市街もこちらの展望台から良く見えます。


e0178312_5211434.jpge0178312_5253993.jpgゲッセマネの園。イエスが祈り、捕らえられた場所。万国民教会、福音書を書いたマルコの家とされる、ゲッセマネにある教会。イエスがそこで祈ったという岩があるそうです。見るべきものが多すぎて時間がないので罰当たりな私達は外側だけです。


e0178312_1513725.jpgそしていよいよ旧市街の中へ。大まかに4つ、アルメニア人、ユダヤ人、アラブ人、キリスト教徒の居住区に別れている旧市街。西側のヤッフォ門から入りました。写真はヤッフォ門のダビデの塔。


e0178312_1541615.jpge0178312_1534971.jpg西南のアルメニア人地区を通り、ユダヤ人地区へ。13世紀頃からユダヤ人が住み着いた地区だそうですが、1948年にヨルダン軍支配のため強制退去され、1967年の戦争で再度戻ってくる事が出来たそうです。ユダヤ人地区は紀元前からの遺跡も沢山発掘されています。写真はビザンチン時代のエルサレムのメインストリート。かつての商店街だったそうです。紀元前8世紀の城壁の跡。旧市街はたった500メートル四方ぐらいなのですが、至る所に見所があります。


e0178312_15125870.jpgそしていよいよ嘆きの壁。ユダヤ教徒の聖地です。この壁の後ろ、神殿の丘は今はイスラム教の聖地、金色の屋根の「岩のドーム」が建っていますが、かつてはソロモンの神殿があった場所、ダビデが神の契約の箱をおいた所、さかのぼればアブラハムが子供のイサクを神に捧げた場所とも言われている、ユダヤ教にとっても一番大事な聖地です。ヘロデ王が改修したユダヤ教の神殿がローマ軍によって破壊されたのが70年、その時に残った神殿を囲む西側の外壁がこの嘆きの壁です。右の渡り廊下がイスラム教の聖地、神殿の丘へと続いています。


e0178312_15163026.jpg左側が男性、右側が女性とお祈りの場所が別れています。この広場に入るにはかなり厳重な警備ですが、ユダヤ教徒でなくとも壁に近づく事は許されています。一番大事な聖地で自分勝手なお願いをする気にはなれません。平和な世の中でありますように。


今日もご訪問ありがとうございます。やっと前半。エルサレムは見るものが多すぎて、歴史も複雑でブログに書ききれるものではありません。



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by flouribunda | 2012-06-23 15:36 | ローズ家IN MID EAST '12 | Trackback | Comments(0)